「北勝富士の出身はどこなの?」
「北勝富士の中学や高校、当時の成績が知りたい」
大相撲で活躍する北勝富士。
2022年9月場所では絶好調をキープしており、初日から無傷の8連勝としました。
中日で勝ち越しを決めるのは北勝富士にとって初めてのことでこのまま優勝するのでは?と話題になっていますね。
そんな北勝富士の出身はどこなのでしょうか。
さらに中学や高校など出身校や当時の相撲の成績なども知りたいですよね。
そこで今回は北勝富士の出身や中学、高校など学歴について調査していきましょう。
北勝富士の出身は?
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北勝富士の出身は埼玉県所沢市です。
所沢市で初の幕内力士ということになりました。
北勝富士は小さい頃から運動神経が良く、サッカー・水泳・バスケ・野球・スキーなどいろんなスポーツをやってきています。
特にスキーに関しては3歳にして上級者コースを滑るほどの腕前だったというから驚きですよね。
何をやってもそつなくこなして、誘ってくれた友人にもさっさと勝ってしまうほど要領がよかったので申し訳なく思うこともよくあったといいます。
北勝富士が相撲に出会ったのは小学2年の頃で所沢市のわんぱく相撲に参加したのが最初でした。
結果はいきなり準優勝に輝いています。
翌年の3年生の時にも準優勝でした。
北勝富士はどうしても優勝トロフィーが欲しくて小学4年からクラブに通い始めました。
当時通っていたのは入間市にある『入間少年相撲クラブ』です。
クラブに入った時はとても弱く、同級生にも勝てなくて1回戦で負けてばかりだったといいます。
負けず嫌いな北勝富士は必死に稽古して1年後の5年生になった頃にはぐんぐんと成績を伸ばしていったそうです。
埼玉県では無敵状態だったといいますから相当なものですよね。
6年生の時には所属するクラブが埼玉県の大会で初めて優勝して監督を喜ばせたのがいい思い出だといいます。
北勝富士の貢献度は相当高かったのではないでしょうか。
もし北勝富士が2年生の頃にすんなり大会で優勝していたら、ここまで続けていなかったかもしれないと振り返っています。
勝てなかったからよかったんですね。
北勝富士は小学校の卒業アルバムに『ぼくは相撲取りになり横綱になりたいです』と書いています。
ぜひ横綱という夢を叶えて子供たちに希望を与えてほしいです。
北勝富士の中学は南陵中
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北勝富士の出身中学は所沢市南陵中学校です。
所ジョージさんと同じ中学出身なんですよ。
北勝富士は中学になっても相撲は続けていましたが、学校では柔道部に所属していました。
柔道でもやはり成績は上々だったようです。
市の大会でも優勝するほどの実力をつけていました。
ただ相撲の大会と日程が重なると県大会は欠場していたといいますから相撲の方に力を入れていたんですね。
北勝富士は中学2年になると『立川錬成館』に所属するようになりました。
3年生の時には、『全国都道府県中学生相撲選手権大会』で優勝しています。
この時はあまりの興奮に過呼吸になってしまって団体戦は欠場するという事態になってしまいました。
ちなみに御嶽海とはこの頃からライバルとして意識していたといいます。
優勝した全国大会では御嶽海にも勝っていて、嬉しさのあまりガッツポーズもでました。
過呼吸の裏には『御嶽海に勝った』ということも一因としてあったようですね。
北勝富士の高校は栄高校
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北勝富士の出身高校は埼玉栄高校です。
3年生の頃に高校総体で優勝を果たし、『高校横綱』のタイトルも獲得しています。
本当にエリート街道まっしぐらといった感じですね。
高校時代の北勝富士は相撲の実力だけでなく、挨拶や礼儀なども学んだそうです。
『相撲ができるのは当たり前ではない』ということを学んで、周りの人への感謝の気持ちを持つようになりました。
とても優しい北勝富士になったのは両親だけでなく高校当時の監督のおかげでもあるんですね。
北勝富士の大学は日体大
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北勝富士は大学へも進学しています。
北勝富士の出身大学は日本体育大学の体育学部武道学科です。
2年の時に『東日本学生相撲個人体重別選手権』の135キロ以上級で優勝を果たしました。
さらに『全国学生相撲選手権大会』でも優勝しています。
大相撲の『幕下15枚目格付出』という学生やアマチュアの成績優秀者の番付を優遇する制度である資格も得ました。
3年の時にも『国民体育大会』の相撲競技成年の部で優勝したことで『幕下15枚目格付出』の資格を再び取得しています。
ただこの資格は取得から1年間しか行使できないという決まりがあります。
北勝富士は3年生だったため大学中退して角界入りという選択肢もありました。
しかし大学に行かせてくれた両親のことや、当時は教職課程の途中だったこともあり中退はしませんでした。
「両親に高い授業料を出してもらって学校に行かせてもらっているわけですから、絶対に教員免許は取ります」と迷いはなかったようです。
結局4年生の時に幕下付出の資格を得られる大会で勝つことはできず前相撲(番付外)からのスタートになりました。
でも北勝富士はこのことについて「後悔はない、4年間大学に通わせてくれた両親に感謝です」と話しています。
この裏には北勝富士の性格も影響しているようです。
真面目で安定思考だという北勝富士は自身でも「保険をかけたいタイプの人間」と分析しています。
中退して角界入りせず大学を卒業したのも、教員免許を取ったのも人生の保険を得るためという理由もあったと振り返っています。
ただ結婚もしているので安定思考はとてもいいし、大事なことだと個人的には感じました。
北勝富士の出身や学歴まとめ
今回は北勝富士の出身や学歴についてお伝えしてきました。
埼玉県所沢市出身の北勝富士は運動神経が相当よかったんですね。
特に3歳でスキーの上級コースという事実にはただただ驚きでした。
相撲も初めの頃こそ弱かったものの、その後はエリート街道まっしぐらといった印象を受けました。
それでいて決して驕ることなく両親など周りの人への感謝を忘れないところなど尊敬できる部分が多くある力士ですね。
人生に保険をかけているからこそ、思いっきりできるのかもしれません。
ぜひ小学校からの夢である横綱まで上り詰めてほしいですね。